第2学期始業式校長講話
ナラティブについて
まずは40日間の夏休みに大きな事故もなく、皆さんがこうして元気に登校できたことを嬉しく思います。4年ぶりに思いっきり、やりたいことができた夏休みだったのではないかなと思います。それぞれが違うことに一生懸命取り組んだことと思います。部活動に頑張った人、海外に行った人、家族旅行に行った人、コンクールなどに出場した人、夏休み課外に頑張った人、そして勉強合宿に参加したり予備校に行ったり、受験モードで頑張った人、それぞれが貴重な体験をしたと思います。
今日は「ナラティブ」についてお話をします。最近この「ナラティブ」と言葉をよく耳にします。物語、ストーリー、言説などと訳されます。このナラティブ、すなわち物語、ストーリーが人々の心をつかみ、人を動かす。ナラティブの内容によって、人を憎しみにも、希望にも、対立にも連帯にも駆り立てる、そして長く記憶に残るということです。
最近、毎日新聞の記者、大治朋子さんが「人を動かすナラティブ」という本を出しました。その本の中で、「バカの壁」で有名な解剖学者の養老孟司さんの言葉が紹介されていました。それは、「ナラティブっていうのは、我々の脳が持っているほとんど唯一の形式じゃないかと思うんですね。教科書だけでは理解しない学生たちも、実習を通じて頭の中に物語ができ上ると理解が進む。また過去に起こった出来事をどうやって凝縮して伝えるか。物語形式以外の形式を人間は持っていないんです。必然的に物語になる。」と語っています。
たしかに歴史の教科書を読むより、歴史小説や歴史まんがを読むほうが、起承転結がある物語として覚えられる。もっと言うと皆さんが毎日受けている授業で、教科書の中身より先生がふと語った個人的なお話、いわゆる雑談のほうが覚えているなんてこともあるかと思います。これもナラティブです。
ここで、キーとなるのは「共感」と「経験」です。人はナラティブに共感すると行動を起こすと言われています。アメリカの国防総省の国防高等研究計画局、通称「ダーパ」と呼ばれる組織があります。そのダーパでは2011年にナラティブを研究するチームを立ち上げました。そのチームが研究したことで面白いのは、脳内ホルモン「オキシトシン」の研究です。「オキシトシン」は哺乳類の脳の視床下部で生成され「共感ホルモン」と呼ばれていて、ネズミの実験ではオキシトシンが減ると雄は攻撃的になり、雌は育児放棄に走ったそうです。人を使った実験では、語りある動画を見た方が語りのない動画を見た時よりもオキシトシンの濃度が上がったそうです。つまり効果的な語り、ナラティブで共感するか否かが決まるようです。そしてその内容が本当の事かうそなのか、正しいことなのか、間違ったことなのかはあまり関係ないということです。共感できるナラティブの内容次第で人は攻撃的にも融和的にもなれるということです。
トランプに熱狂する多くのアメリカ人、プーチン大統領を今もなお支持するロシア人もナラティブに動かされています。そして100年前の今日、発生した「関東大震災」の時、中国人や朝鮮人が井戸に毒をまいたとの流言、ナラティブに惑わされ、日本人が多くの中国人や朝鮮人が虐殺したのも、このナラティブに動かされた結果です。100年前にもこういった、ナラティブに惑わされ、大衆が動いてしまうのですから、SNSが情報交換の主流となる現代社会では、なおさら気を付けなければならないことです。やはり共感する前に真偽を確かめる努力と考える姿勢が必要でしょう。
そしてもう一つのポイントは「経験」です。養老孟司さんが言っているように「実習や実験を通じて頭の中に物語が出来上がる。そうすると理解が深まる」ということです。これは皆さんも経験していると思います。つまり1人1人が実際に経験したことだけが、ナラティブを作り個人の記憶に残り思考を深め、みなさんの人格形成に寄与するということです。そしてその思考に基づいて行動することが大切だと私は思います。
現象学者の村上晴彦大阪大学教授の「客観性の落とし穴」という本があります。その中で「客観」の反対語は「経験」だと彼は言っています。数値や数式や平均や偏差値がとりこぼしてしまう個々の経験。触覚・味覚・嗅覚を含む個別具体的経験の中にこそ、本当に普遍的なものがある。だからこそ人は、面と向かった交流を通じて他者の経験に共感し合い、何か共有することができるのだと言っています。
少し難しい話になりましたが、私が今日、皆さんに言いたいことは要するに、経験したことを大切にしてほしいと言うことです。そして経験したことを元に思考を深めてほしいということです。具体的には、たとえばこの夏休みに経験したことを振り返り、文章にまとめてみる、そして文書にまとめたものを元に友達や家族、先生などと話し合いをするなどが有効でしょう。そして話合いの中では、経験し学んだことを「今後の自分の人生にどう生かすか」をしっかり言えるようになるまで思考を深めることが大切です。1学期の始業式にも同じようなことを話しましたが、それは皆さんに経験、体験を大切にしてほしいという、私の切なる願いがあるからです。是非、実践してほしと思います。
2学期が始まりました。2学期には体育祭や修学旅行などの大きな行事があります。また、3年生は第一志望を目指して、受験モードに突入です。皆さん一人一人が、多くの経験、体験を重ね、人間的に成長してほしいと思います。