3学期始業式校長講話
「レベルの高いエビデンス」
皆さん、新年明けましておめでとうございます。まずは大きな事故もなく、こうして3学期を迎えられることを大変嬉しく思います。冬休みはどうでしたか?充実した時間を過ごせましたか?今回は、3回目のコロナ禍の年末年始ということでしたが、帰省や初詣などの人出はかなり多かったようです。国内の移動については、ほぼコロナ前に戻ったという報道もありました。皆さんの中にも、今年がよりよい年になるよう地元の神社やお寺に出かけ、お願いした人もいると思います。特に受験を控えている3年生諸君は、受験に成功するよう神仏に手を合わせた人も多いと思います。しかし、神仏に手を合わせただけでは受験は成功しません。「人事を尽くして天命を待つ。」という言葉があります。最後の最後まで人事を尽くしてほしいと思います。
さて、今日は「レベルの高いエビデンス」という話をします。先月の20日に、3年生の外国語科「英語表現」の卒業論文の発表会を見に行きました。当日は8名の発表がありましたが、どの発表も説得力のあるレベルの高いエビデンスを用いた素晴らしい発表でした。また英語力もさすが3年生、立派なものでした。さらに発表者だけでなく、オーディエンスの生徒も、発表後に進んで質問をしたり、感想を述べたり、大変、積極的に発表会に参加していました。また英語力も大変高いなと感心しました。とても楽しい時間でした。この発表会で感じたことは、やはり自分の意見をサポートするエビデンスのレベルの高さが重要であるということです。エビデンスのレベルが高ければ高いほど説得力が増すということです。つまり、客観的で、科学的で、バイアスのないエビデンスのことです。
このエビデンスレベルの高さを目指した研究方法に「ランダム化比較試験」というのがあります。これはざっくり言うと、例えば新薬やワクチンの開発する時に、被験者を2つのグループに分けて、一方に効果を確かめたい薬やワクチンを与え、もう一つのグループには、偽の薬、いわゆるプラシーボを与え、その違いを調べるというものですが、その際、被験者をランダムに分けてバイアスを排除するというやり方です。この研究方法は、医療分野などの自然科学で主に行われますが、経済学などの人文科学の分野でも広く用いられています。
このことで思い出されるのが2019年のノーベル経済学賞です。この年のノーベル経済学賞はマサチューセッツ工科大学のアビジット・バナジー、エスター・デュフロ、そしてハーバード大学のマイケル・クレマーという3人の教授の共同受賞でした。この3人は、発展途上国での貧困問題について、実証実験を行うことで、具体的な解決策を示したことが評価されました。これまでにも貧困問題に関する研究でノーベル経済学賞を受賞した研究者はいますが、この3人が最も画期的だったことは、さきほどお話した「ランダム化比較試験」の手法を取り入れたことです。彼らがこの手法で何をしたかと言うと、例えば子供たちが、なかなか学校に通うことのできない貧しい村で、無料で給食を提供するグループと、そうでないグループを比較し、どちらのグループでより多くの子供たちが学校に通うようになるか、という実験を実際に行って、その結果を比較、検証したのです。彼らはこのような試験を多く実施することで、とても興味深い結果が得ました。例えば寄生虫を駆除するための薬を配ったり、親に教育の大切さをしっかり伝えることのほうが、お金や制服、教科書を配るより学校に通う子供の数が圧倒的に増えたということが、ケニアの小学校での実験で明らかになりました。これは意外ですよね。お金や制服、教科書を与えるほうが学校に行く子どもが増えるように思いますよね。しかし実験の結果はその反対でした。物を与えるよりも、基本的な衛生環境を整え、親に教育の大切さを根気強く伝え理解してもらうことが、実は最も効果的だったのです。
これまでの発展途上国への援助は「こうすればこうなるはずだ」という思い込みが我々先進国、すなわち与える側にありがちでした。「お金や物を、たくさん援助してあげれば、貧困は減るはずだ。減らないとしたら、その国の政府が悪いか、人々が怠け者なのだ。」などと与える側である私たちの常識で物事を決めつけ、途上国側を非難したり、援助を諦めたりするような傲慢な態度も、しばしば途上国援助の分野では見られました。しかし、この3人は実験の結果を通して、エビデンス、すなわち科学的根拠を世界に示したのです。思い込みでなく「こういう実験をしたらこういう結果が出ましたよ。」と世界に示したのです。この功績は、その後の途上国援助、貧困対策に大きな影響を与えました。
このことを通して今日、皆さんに伝えたいことは、レベルの高いエビデンスをもとに物事を判断してほしいということです。多くの皆さんが興味・関心を持っている国際協力・途上国援助の分野でも、思い込みや感情に流されるのではなく、客観的なエビデンスを元に実施することが大切なのです。この「ランダム化比較試験」は、先ほども言いましたが、多くの分野で活用されています。将来、大学で医薬品や化粧品などの研究をする人、自然科学を研究する人は勿論ですが、経済学や経営学などの人文科学を学ぶ人もこの手法を活用して研究をすることになると思います。是非、レベルの高いエビデンス、客観的で、科学的で、バイアスのない根拠を大切にする人になってください。そして「こうすればこうなるはずだ」という思い込みを押し通すような高慢な人間にはならないでほしいと思います。これは、目の前の事象に、常に謙虚であるという人間性の問題でもあります。
今日から3学期が始まります。3年生諸君は、体調に気を付けて全力を出せるよう祈っています。1,2年生諸君は、次の学年に進むための大切な時期です。目の前にある課題を客観的に見つめ、それに真摯に取組む謙虚な姿勢を持ってほしいと思います。